赤塚高仁ブログ

やまとこころの祭り・第1章

2019.06.22

「出逢い」
これが、
やまとこころの祭り・第1章のテーマ

私のライフワークの一つに、
「伊勢に仲間を案内する」があります。
今日から二日間、
北海道から九州、全国から集まってくれる仲間と、
伊勢に帰ります。

伊勢は、日本人の魂の故郷。

修養団の武田数宏所長と二人で考えてきました。
伊勢で、本当の自分と出逢うセミナーができないだろうかと・・・

 修養団との出逢いはこんな風でした。

 私が29歳のときのこと、真冬の2月は9日
いまから31年前のことです・・・

当時入っていた青年会議所(JC)の三重ブロックアカデミーの研修で送りこまれたのが修養団でした。
飛島建設四国支店の営業マンとして働いていましたし、
大学時代も東京でしたから、10年離れていた三重県でした。

四国からもどったばかりで、知人も少なかったので父のすすめで入会したJCでした。
少し苦手な団体だなぁと思いつつ、
なんとなく居心地の悪さを感じながらも、仕方なくやってきた伊勢修養団。

いきなりお手手つないでの童心行、
挙句の果てに真冬の夜の禊ぎ。

逃げ出そう! 

そう考えているうちに夜の五十鈴川の河原に連れてゆかれました。
集団心理というのは恐ろしいものです。
ほふられてゆく羊の群れでしょうか。

もはや個人の意志よりも、集団の思考が全体を動かしてしまっています。
頭の中は、「にげたい」「どうして・・」「来るんじゃなかった・・」「死んでしまう・・」
後悔と不安と寒さでパニックです。
しかし、とても言い出せません。

勇気を出して逃げよう!

ふんどしになって、川に向かったその時、
真っ暗な川面に小さなぼんぼりの灯りが見えたのです。
私の思考が騒ぎまくり、
エネルギーがじゃじゃ漏れになって、
「いま」「ここ」から逃げているのに、
一言もモノも言わず、真冬の川の中に入り、
ずっと静かにぼんぼりを持って、川の中に立って、私たちが入るのを待っていてくれる人がいる。

すーーーーっと心が静かになりました。
嵐のような思考が止まりました。

 流汗鍛錬・・流汗鍛錬・・・流汗鍛錬・・唱えながら川に入ったのでした。
そりゃ寒いなんてものじゃなかったです、痛い!、恐ろしいほどです、

2月初旬、水たまりは氷が張っている・・・そんな夜に川に入るなんて

歯の根が合わず、和歌の朗誦もガチガチなって・・・
それでもちゃんと出来たのは、ぼんぼりの灯りのお陰だったと思えます。

小さなぼんぼりの灯り。
それが、希望であり、私の勇気となりました。

人は、そんな灯り一つで前に進んでゆける・・・それを知りました。

もう二度と修養団など来ることもないだろうし、水に入ることも死ぬまでないと思っていました。
あれから31年・・・

 まさか自分がぼんぼりをもって五十鈴川で、みなさんを迎えるようになるなんて思いもしませんでした。

6月と12月、10年間務めさせていただきました。

水に入っていると、中山靖雄先生の声が聞こえるような気がします。
「すべては いまのためにあったこと・・・」

誰でも、誰かのぼんぼりになれる。
その灯りが勇気に変わる、希望となる。

中山先生のことを思うと、鼻の奥がツンと痛くなって涙がこぼれそうになります。
私も先生のようになりたい。
自分を勘定に入れずに、誰かのためにぼんぼりを持ち続けたい。

そう願わされています、いきさつを超えて。

今夜も五十鈴川でぼんぼりを持って立ちます。

昼夜逆転の夏至の日に、
本当の自分と出逢います。

やまとこころのふるさと、伊勢で

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