赤塚高仁ブログ

返事は0.2秒、ハイかイエスか喜んで!

2018.06.05

 30歳になったばかりのころですから、かれこれ30年ほど前のことです。
はがき道の坂田先生のお話を聴く機会がありました。
ながしま荘という三重県の施設で、能力開発の勉強会のときだったと思います。

 私は私で、はがきや手紙をよく書く方だと思っていましたから、
坂田先生の「複写はがき」のことを知って質問しました。

「先生、どうして複写にするのですか?
 手紙なんていうものは、この世に一枚きりだから尊いのだと思うのですが?」
すると、坂田先生は
「あんたはね、書かんでええよ」
え?・・・
「やらん人は、質問する権利がない。

 やった人は、質問する必要がない」

 おそらくあのとき、丁寧に複写はがきの説明をされたら、
複写はがきについては知ることが出来ても、書き始めることはなかったでしょう。
私は、その日から複写はがきを書き始め、手元に1万枚以上の控えが残っています。
今見ても凄いものだと思います。
その時を確かに生きた証しであり、遺書であり、紙の墓と呼んでもよいかも知れません。
1枚当たり約150文字。
相手様の名前を刻んでから書き始める文章は、まさに祈りです。

 こうして今も毎朝ブログが書き続けられるのも、
複写はがきに鍛えてもらったおかげだと思えますし、
鍵山秀三郎さんと深くご縁いただけ、シリアの旅に出ることが出来たのも、
はがき道のおかげです。

 「どうして複写はがきなんですか?」
という、質問以来、私は「なぜ」と人に聞かなくなった気がします。
純粋な好奇心、子どものような心で聞くのはよいかも知れませんが、
ほとんどの場合、問いかけること自体が否定なのです。

 「あなたはどうして○○なの?」
これは、質問のように聞こえますが、
気に入らない、という意味です。
「質問は否定」なのです。

 「この出来ごとにはどんな意味があるのでしょう?」
と、聞く人があります。
出会いにしても、苦しい出来事に対しても、
あるいは、喜びごとがあっても
「どういう意味が?」と、意味づけをするくせがあったとしたら、
それはすべてを否定し、拒否しようとしているのですから、
運命は変わらないどころか、何もよくはならないでしょう。

 中村文昭さんが口癖のようにいっている
「頼まれごとは試されごと。
  返事は0.2秒、ハイかイエスか喜んで」

 現象に意味はない。
 人生に意味はない。
 からっぽ

 だからこそ、人生を肯定する。
 「イエス」で生きる。

やらない人は質問する権利がない。
やった人は質問する必要がない。

 「赤塚さん、どうしてあなたはイスラエルに行くのですか?」
ここ最近一番多い質問ですが、
 いまだに私もわからない。
理屈はいっぱい並べられます。
でも、
分からない・・・情熱の向こうに何があるのか、わからないからもう少し行ってみようと思います。

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