赤塚高仁ブログ

11月24日サクラ サクラ

2018.11.24

人員の数は4分の1
1万1千の守備隊に対して
米軍4万5千
火器は100:1
つまり、日本軍が1発撃てば
米軍は100打ってくる

補給はない
飛行機も船もない
武器も弾薬もない
南国で備蓄の米も腐る
食べ物も水もない

水戸歩兵第二師団を中心とした
ペリリュー島守備隊は、
そんな中で74日の間、
世界最強の米国太平洋連合艦隊と
真正面からぶつかり、戦いぬきました。
9キロ×2キロ
戦場は燃えてジャングルはなくなりました。
焼け焦げた島の洞穴に隠れ、
戦い抜いた日本軍もついに最期のときを迎え、
守備隊長は終わりを決意したのでした。

ペリリュー島守備隊長、中川州男大佐は、
熊本出身の武人でした。
愛の人でした。
島民を集団疎開させ守りました。
明治天皇から軍旗を賜った栄えある水戸第二歩兵師団。
隊長、中川州男大佐の終焉のとき、
その軍旗を焼きました。
機密書類を焼きました。
それを見届けて、
軍司令部に打電。

「サクラ サクラ」

それが最期の合図
見事に割腹しペリリュー島の戦いは終わりました。
日本男児49歳の生涯。
中川州男大佐の終焉の地に
石碑があります。
私たちは般若心経をあげ、
感謝を申し上げました。

中川州男大佐の笑顔が見えたような気がしました。

今日11月24日は、
中川州男大佐の命日です。
その日にパラオに仲間とともにあること、
きっと目に見えない力の導きでしょう。

先人への感謝を胸に、
パラオの旅を続け、日本の統治時代を偲びます。

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