雨は祝福
4月5月と続けてイスラエルに行きました。
秋にも行くことになっていますので、何かが急速に動いているのを感じます。
その何かが今はわかりません。
もう行かなくてもいいような気もします。
でも、何かが待っている予感があります。
わからないから行こうと思います。
わかってから行くのを観光と言い、
わからないから行くのを冒険と呼びましょうか。
わからないから答えを知ろうとするのは、アタマの働き。
わかったら行動しようとするのは、保証を求める心、保険をかける。
答えがわからないことを不安に思うのは、誰しも同じでしょう。
でも、
答えなどないし、いま、ここから先は人類史上誰も知らない未知の世界。
保険も保証もありません。
だから行くのです、何かがきっと待っているから。
誰かに答えを聞く癖はやめたほうがいいように思うのです。
その人にとって正しいことが、わたしにとって正解とは限りません。
人の数だけ答えはあり、生き方はあります。
答えを知りたいという欲望と誘惑に打ち勝つ力はただひとつ。
「好奇心」
見る前に翔びましょうよ。
さて、初めてイスラエルを訪ねた人が私に必ず言います。
「いい天気ですね」
ネゲブ砂漠は年間降雨量80ミリ以下という驚異の世界。
雲もありません。
年中いい天気なのです。
イスラエルでのいい天気は、「雨」
日本では、
「空が一面俄かに掻き曇り・・・」というと「不吉な予感」と続くところ、
イスラエルでは、「最高の祝福」となります。
間逆です。
そんな世界で生まれ育ったイエスが説いた言葉の数々、真逆に読まなければならないところもあります。
私は、雨が降るといつも砂漠に心が飛んでゆきます。
三重県は梅雨入りしました。
庭の紫陽花も奇麗に咲いています。
日常の中で、もうひとつの視座を持って世界を見てみる。
すると退屈な毎日に風が吹く。
世界は希望と浪漫に満ち溢れています。
魚に水が見えないように、
空を飛ぶ鳥に空気が見えないように、
人には自分が見えません。
だから、自分の外側にでかけてゆきましょう。
情熱の彼方に何かがあるのか、見てみたいものです。
好奇心とエネルギーを道づれに。
おみやげは、見たこともない新しい自分。
生きてることのなつかしさに、胸がいっぱいになりますね。