赤塚高仁ブログ

ありがとう、マホちゃん先生

2017.03.01

以前加入していたグループの学びは、

実に厳しいものがありましたが、
会社の将来のためにはきっと役に立つと思い頑張りました。
スパルタのリーダーでしたから理不尽なこともあり、
くじけそうな日もあったのですが、
手に入れたいホンモノの健康住宅を完成させるために頑張りました。
しかし、そんな経営者の想いがすべて社員さんに届いているわけもなく、
一番大切にしていた建築の責任者が辞めました。
社長についていけません。
辛かったです。
大学卒業以来、ずっと20年近くいてくれた家族の一員でしたから。
彼のお父さんからの付き合いでしたから。
彼を辞めさせてはいけない。
多くの人が言ってくださいましたが、
本人が口に出したことです、私は引き止めません。
どれほど未練があったとしても。
そんなとき、英会話教室の仕事をやめて、
赤塚建設の社員になってくれたのがマホちゃん先生でした。
 南山大を出て、英語ペラペラの優秀な人の入るような会社ではありませんが、
入社してくれました。
パソコンも自在に操り、
絵も文章も上手くて、会社の小冊子も作ってくれました。
電話の対応も素晴らしい。
話も上手くて、プチセミナーも開催してくれました。
私はいろんな妄想をしましたね。
赤塚建築の後継者になってくれるんじゃないか、
建築の好きな婿がきてくれるんじゃないか、って。
でも、何よりも嬉しいのは
大好きな娘がすぐ隣の机にいて、
たとえ「社長」と呼ばれようとも、
いつも一緒にいられること。
  腕をもがれるように大事な社員を失ったとき、
マホちゃん先生のおかげで救われました。
ずっとそばにいればいい、
会社もあげよう
そう思っていたマホちゃん先生が、
昨日、2月いっぱいで会社をやめて、しかも家を出ることになりました。
県外のどこかの幼稚園で英語を教えるのだと話してくれました。
マホちゃん先生には、
いくつもの場面で救われてきました。
どんなに感謝してもしきれません。
大切な私の娘です。
 いつまでもそばに置いておくわけにはいかない、
と、アタマで知っていてもいなくなるのは淋しいものです。
2月の終わりの日
同時多発、いろんなこと起きました。
普段なら対処できることも、つい感情的になったかも知れません。
でも
それも私です。
すべて、必然
必要だから起きた。
そして、何もかもが最善。
そう思える自分つくりの旅はまだまだ途上。
とても淋しいです。
マホちゃん先生のいない会社は。
   夕べは水素の事業説明のため、京都のデミチ雅明のところへ。
健康の話をしつつ、ウイスキー二本空けてしまった。
何も言わず、聞いてくれる友があることは幸せですね。
さあ、
水風呂でお酒冷まして、
東京に行きます。
100人ほどの人たちが、水素事業の話を待ってくれている。
   もうすぐ赤塚建設のホームページが全面リニューアルされます。
マホちゃん先生の最後の仕事となりましたが、
どうか楽しみにお待ちください。
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