赤塚高仁ブログ

信じる心・大野勝彦・風の丘美術館

2017.04.19

 阿蘇の大野勝彦さんと仲良しになってから、25年くらい経つでしょうか。
武豊のピノの久米さんの紹介でした。
出会ってすぐに大好きになりました。

 大野先生は、頼まれごとで「NO」と言ったことがありません。
予定が重なったりして無理な時は別として、すべて「ハイ、よろこんで!」
そして、いつも機嫌がいいです。
住んでいる次元が違うのでしょうね、きっと。
いいことが起きるから機嫌がいいのは、子供です。
子供は都合の悪いことが起きると、拗ねますから。

 45歳で両手を失うという、想像を絶する世界に入れられた大野先生。
手を農機具にはさまれて、
「誰かーーー助けてくれーーー!」と叫んだところに飛んできたお母さん。

「どげんしたらよかと!?」
 「スイッチば切ってくれーー!!」

お母さんはスイッチの切り方が分かりません、そして腰を抜かして倒れてしまいます。
右手が巻き込まれ、それを助けに行こうとした左手も入っていく・・・
誰もいない
もはや、
 「死ぬ」 か 「手をちぎるか」

よし、手を切ろう 
 そう決めて、全体重をかけて手を引きちぎった大野先生でした。

 お母さんは、毎日泣いてばかりいます。
「私の手をお前にやりたい、私がお前の手を切った」
手を失った大野先生より弱ってゆくお母さん、全く何も食べなくなってしまいました。

 「このままでは、母ちゃん死ぬばい。俺が変わらんと!!」

大野先生は、お母さんの笑顔のために、手を切った3日後に包帯で巻かれた腕にマジックをくくりつけて、
初めて字を書きました。
痛みのため、2時間かかったといいます。

「ごしんぱいを
 おかけしました
  両手先ありませんが
 まだまだ これくらいの
ことでは負けません
 私にはしなければならないことが
 たくさんありますし
多くの人が
 私をまだまだ必要としているからです
  がんばります
   平成元年7.25
         勝彦」

 「母ちゃん、母ちゃんのために美術館つくってやるばい!!」
手のない大野先生は、お母さんに言います。
お母さんは笑顔を取り戻しました。
「両手への賛歌」が大野先生の最初の本となりますが、絵はありません。
絵など描いたことがなかったからです。

 手がない、絵など描いたことがない・・・そんな人が美術館を創るなんて世界に例はありません。
でも、お母さんは
「勝彦、いつ美術館はできると?」と信じ続け、
大野先生も美術館が阿蘇にできるのを信じ続け、
なんと事故から15年、「大野勝彦・風の丘美術館」誕生しました。

 能力?才能?精神力? 
私は、人生で大切なのは「信じる力」だと大野先生から教えていただきました。
仕事でも人生でも、成功や夢を追っていて挫折するのは、気合の欠如でも才能でも精神力の欠如でもなく、
「信じる力」の欠如です。

 どんなに実力があろうと、成功を信じる力がなかったら、精神力すら出ません。
「氣合いだ!」「根性だ!」と言ってみても、そんな精神論は絵に描いた餅です。

 そして何よりも大きいのは、「利他の心」でしょうか。
まわりの人の笑顔を守るために大野先生は命をかけて来られたのです。
お母さんの笑顔、愛する家族を守るため。

 そんな美術館は、阿蘇の名所となり40万人もの人たちが訪ねてゆきました。
大野勝彦さんの笑顔とエネルギーに触れて、どれだけ多くの人が救われていったことでしょう。
ところが、
去年の4月16日 南阿蘇を大地震が襲います。
美術館の敷地は地割れし、道路は崩れ、道もなくなり、水も来なくなりました。
建て物は危険だから立ち入り禁止命令が出されます。

 熊本の復興はまだまだ全く進んでいません。
熊本城も大変な状況です。
阿蘇に向かうための大橋も、復旧は4年後と発表されました。
壊れた建物を解体したくても、頼んでから数年待ち、しかも法外な金額。

 誰もが美術館の復興は不可能と考えました、二人を除いて。
お母さんと大野先生の二人は、信じ切る世界を通り越して「信じおおす」世界で美術館の復活に動きました。

「母ちゃんは96歳、もう時間がなかと。
  すぐやらんといかんばい!」

毎日役所に通い、許可をもらうために頭を下げ続けた大野先生。
熊本に業者がおらんのなら、県外からでもきてもらおうと、
長崎の建設業者に動いてもらいました。
日本中から大野先生のために義捐金が集められました。

 「どんなことがあっても、4月16日までにオープンせんとならん!!」

少し建築のことがわかっていたら、不可能としか言えない工期です。
しかし、
奇跡は信じる心が起こすことを、大野先生は見せてくれました。

  熊本は阿蘇
大野勝彦・風の丘美術館  復活しました。

 玄関で大野先生と抱き合ったら、涙が止まらなくなってしまいました。

 ぜひ訪ねてください。
ここは、日本が復活する一つの指針であり、
人が人として生きるための原点回帰する聖地です。

 そこで、風に吹かれるだけでいいのです。
生きていることのなつかしさに、胸が熱くなりますから。

 そして、何故胸が熱くなるのか
わかる人たちが集まるところでもあるから。

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