赤塚高仁ブログ

旅は、どこへ行くかよりも

2017.06.02

 私が初めてイスラエルに行ったのは、29歳の冬でした。
出発したのは、1988年1月7日。
その2週間前に糸川英夫博士から、お誘いを受けました。

 参加者たった9名
小さなバスで、イスラエルを旅しました。
糸川博士にぴったりくっついての初めてのイスラエル。
人生が根っこから変わる旅でした。
あの旅がなければ、間違いなく今の私はありません。

自分の当たり前が、イスラエルの非常識だと知りました。
国家というもの、宗教心・・・カルチャーショックの連続でした。

「知らないことも知らない世界」を教えていただけたのですから。

魚に水が見えないように、人には自分が見えません。
水が見えた魚は、水から出たことのある魚です。
人はあるとき、自分から出ます。
そして、いつのまにか勝手に作り上げた「自分」という錯覚の中にいることに気づくのです。

 あのころの私は、様々な自己啓発や、成功哲学のセミナーに出続けて「自分探し」の旅をしていました。
しかし、糸川英夫博士が私に言った旅の目的とは・・・
「旅を通して生涯つきあえる友が出来たら、その旅は成功です」
旅の目的は、よき友と出会うことだと教えてくださいました。
自分など探さなくてもよいと、教えてくださったのも糸川先生でした。

人はだれもただ一人、旅に出て、
人はだれもふるさとを振り返る・・・という歌がありました。
帰るところがあるから旅は楽しいのですが、
帰るところがあることを知るのは、旅に出た人だけです。

 でも、人と旅に出るのはときに不自由を感じることもあります。
勝手気ままに一人旅をしているときにはなかったストレスもあるでしょう。
それでも人は、誰かと一緒に旅をしなければならないのです。

人はみな 一人では、生きてゆけないものだから・・・という歌もありましたね。

結婚も仕事もツアーのようなものかも知れません。
他人をがっかりさせたくないと思いながら、それなりに無理をして生きています。
 親は子に子は親に、夫は妻に妻は夫に、
 師匠は弟子に弟子は師匠に、親分は子分に子分は親分に、
  社長は社員に社員は社長に気をつかって生きているのです。

旅が順調な時は氣にならないことも、ちょっとトラブルが起きると辛くなる。
気まま勝手な一人旅のようにはいかなくなります。
気を使い、我慢して無理を繰り返しているうちに、相手をがっかりさせることも、
自分をがっかりさせることも起こらないように計画するようになります。

 地球の歩き方を買ってきたり、旅行会社のパッケージツアーにでて、
旅程を消化する旅に出るようになるのです。
「がっかりする」ことを恐れるあまりに、失敗やがっかりがないように計画するようになります。
そのほうがうまくゆくような気がするからでしょう。

トラブルこそがトラベル
思いもよらないことが起きたときに、次を考えるというのが旅の語源です。

 だから「うまくいかなくてもいい」という旅の楽しみ方を思い出して、
歌を歌いながら歩こうと思います。

 人生は旅
その旅は、どこへ行くかよりも
誰と行くか
そして
旅の主役は、私です

 

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