赤塚高仁ブログ

2.21

2017.02.21

人には誰もその人だけの特別な日があります。

1999年2月21日未明、我が人生の師である糸川英夫博士は、天に帰っていかれました。
とるものもとりあえず車で信州まで走ったあの日のことを、
昨日のことのように思い出します。
先生と過ごした10年が、ちぎれながら溢れてきて、
車の中で泣けて泣けて仕方がありませんでした。
 「前例がないからやってみよう」
それが糸川先生の口癖で、常識に縛られない思考は眩いほどでした。
そんな先生についてゆけず、去ってゆく人も多かったですね。
去ってゆく仲間に、
ほんの少しだけ淋しそうに笑いながら、それでも前進する糸川先生でした。
視点が違う、
視座が違う、
発想が違う、
独創力がとてつもなく、
スピードが速くて、
過去の自分にとらわれず、
行動の人でした。
 ある時、先生の御宅の居間に飾られている皇居での写真、
(勳二等瑞宝章叙勲のときのもの)を見た私が、
「先生、勲章というもの見せてもらえませんか?」と言うと、
「あれ、どっかいったよ。
 あんなの持ってても役に立たないからね」
これだけでもビックリなのですが、
しばらく経ったある日
「赤塚さん、勲章押入れにあったよ」と出してくださいました。
ズッシリと重い七宝焼きの勲章、手にとってしげしげと眺める私に、
「持ってく?」
まさかもらって帰るわけにはいきません。
でも、今だから言うと、
先生が捨てたものの中に、航空自衛隊から表彰された楯を見つけてもらったことあります。(時効)
 糸川英夫という人がいなければ、今の自分は存在しない。
糸川先生は、真の愛国者でした。
そして最後に言ってくださった一言、
「自分で考えなさい」 を胸に抱きしめて生きてきた私です。
未常識を常識に、
夢をカタチに。
 さあ、その記念日に私は新潟にゆきます。
まだ未常識の「水素のお風呂」を日本全国に届けるため。
まだ見ぬ仲間に出会うため。
待っていても人生の扉は開かない。
今日も行動します。
  大勢が言う「常識」よりも、
自分の中でささやく「静かな呼びかけ」を信じて。
自分で決めて!
  へば、行って参ります!
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