赤塚高仁ブログ

心の中にいる「子ども」

2012.06.10

 ワシは、子供の頃から道草ばかり食ってました。

通学路にあった、三重大学の弓道場。

小学校低学年、小さいワシは、大きなランドセルを背負って、冬の寒い日、雪の中でずッと弓道を見ていました。

気がつくと通学班のみんな誰もいなくて、ランドセルと帽子には雪が積もってました。

 草むらで草を食べる散歩途中の犬は、消化を良くするためだと飼い主が言っているのを聞いて、道端の草を食べながら通学してました。

同じ通学班の子が、家で、道草食べてる子がいると言ったら、犬のオシッコがかかってるから汚いって、教えてあげなさいと、言われたそうで…  ま、その子が、今、ワシの奥さんで、お母さんも、まさか道草男がムコになるとは思ってもみなかったでしょうが。

 ワシ、ヤッパリ草食系男子なんやろか、  え、誰がヤギやねん!

 

  心の中に、「潰し屋」と一緒に、「子ども」が住んでます。

「子ども」の影は、瞬時に頭を乗っ取ります。

もお、イヤだ!  

思い通りにならない

めんどうくせぇ!

もうこんなとこいたくないよ~

ズルしちゃえ

スネる、甘える、ダダをこねる

 

そして、  もお、やぁーーーめた

 

この影には抵抗できません。

影は、エゴを餌として、どんどん大きく思考を乗っ取ります。

その間、エネルギーはじゃじゃ漏れ。

思考で、止めようとしても、思考そのものが自我から生まれてますから、勝てる相手じゃありません。

 

唯一の道、それは、気づくこと。

いま、自分の中の子どもの影がやってきていると、気づくこと。

何故なら、常に影は、無意識のうちに立ち昇って来るからです。

気づき、意識した途端、光が当たり、闇は存在できなくなる。

闇は、光に決して勝つことはありません。

 

 「子どもの影」をよく観る。自分の闇に降りてみる。

もうイイです、ポイっと投げ出してしまうのは、自分の事だけしか考えていないとき。

「子どもの影」は、誰か他の人のために何かをするのが大嫌い。

でも、闇に降りて、光に出るとき、子どもの闇は光に変わり、大いなる好奇心、飽くなき探究心が湧き上がってくる、エネルギーが立ち上がってくる。

そして、手のひらを、もらうためより、あげるために使いはじめる。

 

今日は、東京澤田塾です。

自分の事を考えず、「みんなよくなりゃイイじゃん」と、惜しみなく命を人のために使っておられる澤田さん。

仲間の心の闇にまで、光が射し始めているようです。

 

 

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