赤塚高仁ブログ

54回目の誕生日です

2013.02.26

  54年前の今日、津市乙部にある瀬戸産婦人科という小さな医院でワシはうまれたようです。

本人に記憶がありませんので、両親から聞きました。

両親を選んで生まれてきたのだと、スピリチュアル系の本に書いてありましたが、それも思い出せないのだ。

とにかく、縁あってこの世に生まれさせていただきました。

 

 父、次良は、魚屋の次男として生まれました。

8人兄弟。

でも、魚屋は長男があとを継ぐので、次良は、東海ラジオの一期生として今で言うDJのような仕事をしていたそうです。

「あんたとこのお父さんの追っかけだったのよ」とかいう婆さんに時々会いますが、ファン層はあまりよくなかったみたいです(笑)

 

母は、知子、10人兄弟の何番目か・・・とにかくそのうち8人が女というすごい環境で育ったのでした。

商売人の家で、優秀な母でしたから祖母の期待の星、いいところへ嫁いでいって欲しかったようです。

 

なんの因果か、ふたりは出会いましたが、当然の如く、そんな芸能界マスコミのような水商売の男に大事な知子はやれないと大反対。

我が父は、信念とかありませんから、あっけなく芸能界から足を洗い、工業高校を出ていたという理由だけで工務店を始めました。

それが、赤塚建設のルーツ、赤塚組の発足ですからこの方カリスマリーダーとは根本的に違うのであります。

父の教えは、こんな風でした

「商売は、牛のよだれのようにやるんやで。 だらだら細く長く」 

 

 さて、大好きだった父も今年で七回忌を迎えます。

夕べは、母と一緒に中華を食べに行きました。

昔、家族でよく行ったお店です。

「あなたが生まれたお祝いをしましょう」と母は言ってくれました。

でも、54年前の今日は、母さんが死ぬほどの苦しみの中でワシをこの世に送り出してくれた日、

痛い想いをさせてごめんなさい。

ですから、「生んでくれて有難う」をワシが言う日ですね。

  断熱の測定、音の測定、放射能の測定実習のために箕面のグリーンライフ兵庫さまモデルハウスに行きましたので、

途中伏見稲荷さんで健康の御守りをいただいてきました。

商売や数字は苦手な父が、毎月参りに行ったとこですから我が家の縁の深い神社です。

それから、大津で母の好きな和菓子を買って帰りました。

 

 母さんのの喜ぶ姿は、無上の幸せを感じさせてくれました。

母さんは、売上を上げよとも会社を大きくしなさいとも、利益を上げよとも言わず、ただ体だけは大事にしてと言います。

母さんが喜んでいる時、天にいる父も喜んでいるように感じます。

やっぱりワシは、マザコンですな。

出来る限りの親孝行をしたいと願わされる54回目の誕生日の朝です。

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