赤塚高仁ブログ

ヴァーチャル・イスラエルツアー・レポート その3続き

2015.08.02

東京のKさんのレポート、まだまだ続きます。

「1日目のレポートだけで、十分かと思っていましたら、続きを読みたいというメッセージを何通かいただきました。

ちょっと遅れた感は否めませんが、求めてくださっているので、続きをお届けします。
非常に言葉では伝えづらい内容です。
文字にすると違う風に伝わる可能性がありますので、わからないところは読み飛ばしてくださいませ。
そして、どうか、知りたい方は、赤塚さんの講演に足を運んでくださいませ。

<2015/7/24 場所:マリンパーク新居浜>
絶好のバーケーション日和。
前日の夜が遅かったにもかかわらず、皆んな笑顔で、イキイキとした表情で集う。
そこにもう壁はない。
快晴の天気。
ヨットハーバーの美しい景色の中で、スタート。
この会場を用意してくださった主催の近藤千恵子さんのポニーテールが跳ねる。

まずは、2日目も『君が代』からスタート。
しかし、ただの『君が代』ではない。
1分20秒の《世界で最も美しい『君が代』オーケストラ演奏・戦前盤》
1分を超える『君が代』はなかなかないのだそう。
この『君が代』を知りたい方は、今発売中の『別冊正論』Vol24を書店でお買い求めくださいませ。
(私は新居浜からの帰路のJR品川駅構内の書店で買いました。
 普通に店頭に置いています。)
ただいま、付録に2枚のCDが付いて発売されています。
余談ですが、この2枚組のCDの中に《世界で最も美しい『君が代』オーケストラ演奏・戦後盤》(1分11秒 指揮 宇宿允人)も含まれてます。
こんなに美しい『君が代』を聞いたことがありません。
ゆったりと、おおらかで、清らかで、豊かな『君が代』です。

やはり2日目の最初は、この方、赤塚 高仁さん。
なにやら前日のLIVEが心から楽しかった様子。
やってよかったな...と嬉しそうな表情。
音霊となったLIVEは天高く舞い上がり、まるで《お神楽》だと。
なるほど。

北海道の植松電機の植松努さんのFacebookで宇宙開発のことを投稿されていた内容のこと
糸川先生の遺骨は宇宙に飛んでいくはずだったこと
祭日のお話(天皇誕生日、春分の日=春季例大祭、秋分の日=秋季例大祭、勤労感謝の日=新嘗祭etc)
その国の祭日を見れば、その国がどんな信仰をしているかがわかる。
間違いなく、日本は神道をよりどころにしている国。
この国のすごいところは、宗教戦争をしたことがないということ。

いよいよ本題。聖書のお話。
《使徒行伝 第1章》
ガリラヤ湖畔でイエスにもう1回証された後、エルサレムに行って、"最後の晩餐の部屋"に120名の人々が集まり、祈る。
そして聖霊に満たされて、人は変えられる。

《使徒行伝 第9章》
サウロは、大司祭のお墨付きをもらってイエスの弟子たちの迫害に息を弾ませる。
「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかけられ、強烈な光が天からさして、サウロは倒れ、目が見えなくなる。
サウロは目が見えないまま、3日間飲まず食わずで、祈り続ける。

イエスの弟子アナニヤに声がし、サウロを訪ねるように伝える。
アナニヤはイエスのメッセージをサウロに伝えると、「サウロの目から、うろこのようなものが落ちて、元どおり見えるようになった。」
180度大転換の人生が始まる。(サウロの回心)
サウロはここから異邦人への伝道を始める。

人間は1回自分が思い込んだ信念、概念、思い込み、自分の刷り込まれた洗脳というのは、容易に手放すことができない。
努力して一生懸命自分を変えようと思ってもできない。
自分の力で変えようとするのは、ちょうど自分で自分の足を持って一生懸命浮き上がらせようとするようなもの。
持ち上がらない。
見えざる手によって救いあげられることがある。
これが自分の最悪の場面で起きることがある。
最善のときには、会社がうまくいっていたり、思う通りになっていたりするときは、天狗になる。
これは神様にとって最悪。
自分の最悪の場面は、神様にとって最善。

キリストのことを我々が知ろうと知るまいが、キリストの方が我々のことを知っている。
だから、聖書を読んだり、キリスト教に入ったり、宗教を信仰しようという話ではない。
真理を知ろうということ。
真理の近くまでは「言葉」の乗り物でいく。
「言葉」は真理にはいけないものなので、最後は「言葉」を捨てる。
「言葉」は真理の周りをぐるぐるまわるもの。
「言葉」を捨てて、自分を捨てて、最後に真理を掴む。
我々は、その真理を見つけた人の話を聞く必要がある。
その人の示すところを学ぶ必要もある。
でも、この人の指が示すところはこっちって示しているのに、ほとんどの人はその人の指しか見ていない。
そうして真理が腐っていくと宗教になる。

1回聖書に触れておこう。
このユダヤ人が見つけたもの、彼らが聞いたものを、なるほどと受けてみようと思った。
4000年も続いている本が他にないから。
2000年前に話されたことが未だに伝わっている本がどこにもないから。
どんな本でも1週間経ったら、本屋さんから消える。
ひと月も経ったら、1年も経ったら、なくなる。
どんなベストセラーでも10年経ったら読まれなくなる。
2000年続いている本には、本当のことが書かれてある。

パウロがいなかったら、イエスの福音(話したこと)は、ユダヤ教の一新興宗教で終わっていた。
パウロはラテン語、ギリシヤ語、ヘブル語が話せて、その当時の世界の共通言語が使えていた超エリート。
パウロがいなかったら、外国人(異邦人)に、伝えることができなかった。
ローマに伝えていき、やがてローマの国教となる。
パウロはこの《使徒行伝》の後に出てくるã
€ã»ã¨ã‚“どの手紙《ローマ人への手紙》《ガラテヤ人への手紙》《エペソ人への手紙》《ヘブル人への手紙》などを全部書いていている。
この手紙の中で、イエスの取り扱い説明書が書かれている。
それぞれの民族に合わせて手紙を書き、どんな風に自分に来て、どんな風に自分が変われるかが書かれている。
圧巻は、《ヘブル人への手紙》。
パウロが自分と同じ民族に向けて、本当のことに目を覚まそう、今目を覚まさないとイスラエルが滅んでしまう、この民族を救うためにはこの新しい福音(イエスの福音)が必要なんだ、ということが切々と書かれている。
パウロが同胞に叫んだ手紙が《ヘブル人への手紙》。

赤塚さんは、パウロと同じように、同胞 ヤマト人へ向けてメッセージを伝えるために、船井 勝仁さんと共に、前著『聖なる約束』を書き始めた。

今回のこの旅で、最終的に伝えたいことは、午後のおたのしみに。
パウロが赤塚さんに言った"キリストを伝えなさい"という意味が、13年経ってようやくわかった。
その意味を解き明かすことにする。」

 どうやら、レポートはまだ続きそうです。

その場にいて、これだけの情報量を受け止めるのはやはり才能であり、情熱でしょうか。

知りたい、聞きたいという求めがあるところに、大事なことが与えられます。

「求めよ、さらば与えられん」とイエスは言います。

私自身、このレポートにずいぶん励まされた気がします。

初めて出会ったころのこの方とは、もはや別人のようなエネルギーが立ち上がり、

自分のことでいっぱいっぽいだったのに、今では人のために一所懸命貢献しておられる姿、眩しいほどです。

苦しみの9割以上は、「自分について考えること」でしょうか。

糸川先生は、よく仰いました。

「命は自分のために使っちゃダメだよ。

 命は、誰か他の人のためにつかうものだから」と。

 こうして、レポートしてくださるということは、参加できなかった誰かに伝えるため。

これが愛です。

みんなが愛し合って、仲間になってゆく。

世界の平和は、ここから始まります。

たった二日間のイベントでしたが、いつまでも魂に火が燃える、じつに味わい深い四国でした。

一生忘れないでしょう。

 

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