赤塚高仁ブログ「これでいいのだ!」

i think Homes

2013年01月31日

 神様が宿る家、竣工して、1ヶ月、半年、一年、二年、五年そして十年の点検が義務化となります。

屋根の瓦のずれのチェックとかありますから、そのたび屋根に上らなくてはならないのでしょうか、スカイマスターを借りてこなくてはならないのでしょうか。

ますます落ちこぼれないように顔晴らなくてはいけません!!

 

 いま、我社の社員さんは、寛子さんと本島隊員、そして助っ人の浪岡さん

協力会社、伊勢の山口工務店。

山口工務店は、三重県で7番目の建築会社で、27億の売上を誇る優良建築会社。

山本専務が神様が宿る家に惚れてくれて、ワシに全面協力を約束してくれたのでした。

おかげでスケールメリットが生まれ、以前より仕入れ価格が大幅に下がりました。

徹底的に教育された協力業者さんたちのおかげで、現場が劇的にキレイになりました。

さて、定期点検も山本専務にお願いしたら、

 「それは、社長元請けさんの役割でっせ、 やれと言われたらやらせてもらいますが、二人は人を用意せんとあかんさかい

   かなり経費もかかりまっせ」やて

 

まったく人手が足りません。

新しい検査、次々とやってきます。

ピンチはチャンスですが、例によって行き詰りました。

 

 そんなときやってきてくれたのが、起業家「i think Homes」社長 入江芳徳さんです。

どんな風に立ち上がってくれるのかと、楽しみにしていましたが、彼はリフォームやメンテナンスで住まう人たちを幸せにしようと決めたそうです。

赤塚建設に営業に来てくださいました。

自然素材のみのやさんの仕事のお手伝いとか、忙しくしておられるようでしたが、

何か役に立てることはないかと会社を訪ねてきてくださいました。

 

 神様が宿る家の定期点検を請け負ってくれないかと頼みました。

でも、その家だけ定期点検では以前のお客様に申し訳ありません。

これまでの数百軒のお客様にも、点検をさせていただくようにしようと思いました。

それらすべての仕事を 入江社長にお願いすることに決めました。

リフォームが発生したら、入江社長が請け負ってくだされば有難いことです。

うちのお客様はみんな入江さんのファンですから、お客様にとっても幸いなことです。

 

 点検、クレーム i think Homesさんのおかげで突破できそうです。

 

 すべては必要・必然、そして 最善なのだなぁと思わされてなりません。

 

 

伊勢の父

2013年01月30日

中山靖雄先生の著書が、大きく広がり始めています。

何度も何度もくりかえし中山先生が案内してくださったおかげで、今ワシは多くの方を伊勢に御案内させていただけるようになりました。

毎朝、毎朝、伊勢に参拝し、祈ってくださっていました。

先生と一緒に正式参拝させていだたくとき、お白石にひざまづき、

先生は、声に出してこう祈られました

 

  「地球が一日でも命永らえますように

  

      世界に平和の風が吹きますように

 

        すべての宗教が手を取り合いますように」 

 

ホ・オポノポノのヒューレン博士も中山先生に会った時、こんな魂がクリーニングされている人、ほとんど会ったことがないと言われたそうです。

ワシらのリーダーが絶賛しておられるのをみても、いかにこの本がすごいか分かりますね。

 

 ロジカルで、お金儲けの天才のリーダーです。

そのリーダーが伊勢の父を知り、認めてくださったことは、ワシにとってホンマに嬉しいことです。

伊勢は今年10月に20年に一度の式年遷宮を迎えます。

550億円という資金も、国家からのお金でなく、国民からの寄付であるというところがすごいではありませんか。

天皇家の御先祖様である、天照大神が祀られる伊勢神宮。

おそらく今年の参拝客は1000万人を超えるでしょう。

伊勢がダメになったら、日本はダメになる

日本がダメになったら、世界がダメになると中山先生は仰いました。

 

 会社を良くして、お客様に「神様が宿る家」で幸せになっていただく。

それが伊勢の父・中山先生から受けたご恩をおかえしすることだと思えます。

ワシらのリーダーは、そのことを教えてくださるために無料で凄まじい塾を開いてくださっています。

ぐずでのろまの亀ですが、ワシも一緒に戦いたいのです。

「神様が宿る家」こそ天からの恵み、リーダーは、ちょっと怖い天使。

と、思うのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

住宅革命の夜明け

2013年01月29日

  事務所を改装しようと、古い荷物を整理してました。

書庫の奥から昔の見積書や決算書がたくさん出てきました。

父が経営していたころの書類です。

赤塚建設が生まれてから54年を迎えるのですから、過去の記録も一杯あります。

手書きの見積書や契約書、父の字です。

澤田さんは、決算書をみればすべてがわかると言われます。

大手ハウスメーカーの下請け工務店だったころの決算書を見ました。

工事の数も売り上げも多いのに、決算は赤字。

父は苦しかったことでしょう。

一所懸命働いても赤字。

そんな中でワシは東京の大学まで出させてもらったのですね。

天に帰った父に手を合わせます。

下請け工務店から脱却し、元請けに変容する道のりは容易ではありませんでしたが、

いよいよここからは本当に世のため人のためになる工務店へと成長しなければなりません。

澤田さんが開発してくれたダブル断熱。

その欠点を補い、澤田さん自身で進化させたトリプル断熱。住まう人の健康を増進してくれる、生体エネルギー技術。

そして、体に害のある物質は使わない0宣言。

この3本柱の神様が宿る家。

父が生きていたら、きっと喜んでくれることでしょう。

同じような家を競いながら売り込んでいた時代は終わりました。

どこにもない本物の健康住宅を恵まれたのです。

伝えなければバチが当たります。

 

  岐阜での澤田塾に、浪岡氏、本島隊員と共に出席し、いよいよその思いを強くしています。

もうすぐ夜が明けます。

津に向かいます。

中部 澤田塾

2013年01月29日

  一番大事なものはなんですか?

仕事の目的はなんですか?

誰のためにその仕事をしていますか?

 

 今年初の澤田塾が岐阜でスタートしました。

 

 

赤道小町・ドキッ

2013年01月28日

 東京で暮らしているとき、九州から出てきた一人の女の子と友達になりました。

「胸のここんとこがキュンとなる歌が歌いたいのよ」 酔っ払うとそういう女の子でした。

新宿のルイードというライブハウスで出会ったのでした。

そのライブハウスは、シャネルズという靴墨で顔を真っ黒に塗ったドゥワップのグループが人気でしたね。

後にラッツアンドスターという名に変わりました、そのバンドは。

それはさておき

その女子はやがてデビュー

バスルームから愛を込めて・・・ヒットしました

次々ヒットを飛ばし、ライブは満員、総立ち・・やがて、総立ちの久美子と呼ばれるようになりました。

 

 ワシは、大学を卒業

東京で音楽業界に進むのをあきらめ、大手ゼネコンに入社

四国支店に配属され、瀬戸大橋などのプロジェクトにかかわるようになりました。

テレビで「ザ・ベストテン」という番組があり、久美子はついに3位まで上りつめたのです。

赤道小町という曲でした。

全国ツアーで彼女は、四国にも来ましたから、もちろんワシは会いに行った

打ち上げも一緒に出て、結局夜中まで飲み、二人だけが残り、小さな寿司屋さんで飲んでました。

やがて、朝が来るくらいの時間だったでしょうか。

ワシは、彼女にこう言いました。

「山下久美子ってスターと飲んでるって不思議な感じや」

・・・すると、久美子 怒った顔をして

「あのさ、志摩(ワシは志摩こうじという名前だったのです)、 友達だろ

   友達ってなったり、なられたりするもんじゃないんじゃないの?

      気がついたら横にいるのが友達でしょ、   今度そんなこと言ったら絶交だかんね」

 

 昨日は我が親友、山下久美子の誕生日でした。

死ぬまでつきあえる大事な友達こそ人生の宝です。

しばらく会ってないけど、今年はワシんとこのログハウスに泊まってくれることでしょう、ゆっくり話したいから。

伊勢での講師に行ってきました

2013年01月27日

 去年に引き続き、伊勢の修養団の講師に行ってきました。

全国から学校の先生が集まり、伊勢で合宿し、日本の魂にふれるという研修でした。

修養団の特別講師に登録してもらっているので、時間の許す限り出かけるようにしていました。

100名近い先生方が、夕べは寒波の中、五十鈴川で禊ぎをし、今朝は早朝参拝されました。

修養団の特別顧問の中山先生もおられました。

 

 90分の講演でしたが、伝えたい思いは届けさせてもらえたように思えます。

学校の先生が、自分の国がいつ出来て、誰が建国したのかという国の根本を知らないのは、世界広しといえど日本だけです。

100年続いている会社でも、創業者がいなければ会社は存在していないわけで、その創業の理念がなくなれば会社は存続できません。

世界で最も古い歴史を持ち、2673年も続き、125代もの君主を中心に抱いている祖国のことを国民が知らなければ国は滅びます。

先生が知らなければ、生徒が知るすべもなくなります。

ワシも、伊勢の地に生まれておりながら、何故神宮が伊勢に在るのかも知らなかったような非国民でした。

中山先生に導かれて伊勢へ、神話へと魂がつながってゆき、いつの間にか先生相手の講師をつとめるような運命に入れられました。

 

 終了後、何名かの先生と話をさせてもらいました。

みなさん素晴らしい志の教師で、日本もまんざら捨てたものじゃないと思いました。

自分の国を誇りに思うことは、決しておかしいことじゃないと生徒たちに伝えて欲しいと願います。

 

 ワシは、講演家ではありません。

だから、これまで仕事は仕事、講演は講演と分離していたような感じでしたね。

でも、「神様が宿る家」は住まいを通じた世直し、国直しだと思え、国を思い、語り伝えたい思いを家に注ぎ込むことが出来るのです。

いい話をした・・・そんな自己満足や、自分を誇る気持ちがどこかにあり、誰かにほめられたいというスケベ心がモチベーションだったのかも知れません。

建築会社の社長としての25年間、イスラエル親善協会会長としての14年、伊勢と神話の語り部としての10年

すべてをベクトル合わせ、エネルギー立ち上げる時がきたようです。

素晴らしいリーダーの下、善き仲間たちとともに「神様が宿る家」をこの世に広げることで、祖国に貢献したい。

 

 今、変わってゆきます

 

 

三重ふるさと新聞

2013年01月26日

    中日新聞、木曜日には「三重ふるさと新聞」が折り込まれてきます。

地域のニュースや人物紹介、とても暖かな新聞です。

中日の折込なのに、中日から一銭の援助も受けず、独自の広告収入だけで頑張ってる小さな新聞です。

だから、誰にも遠慮なく、思うまま記事が書けるのでしょうね。

 

 20年ほど前のことでしょうか、この新聞に初めて1600文字のエッセイを書かせてもらいました。

インドで感じたことを表した「死を待つ家を知っていますか」という文章でした。

これがワシの公の文章表現の始まりでした。

昨日の「神様が宿る国」が45本目のエッセイです。

名も知らぬ読者から会社に何本もの電話をいただいています。

「感激しました」・・・そんな声に支えられながら書き続けてこられたようです。

 

 これまでいろんなこと書いてきました。

インド・・イスラエル・・・糸川英夫博士・・オーロラ・・ロケット・・・はやぶさ・・・神話・・・・君が代・・・・

きっと書きながら探し求めていたのでしょうね、本当に自分がいるべき場所を。

20年間で、ただの一度も仕事のことを書いたこと、ありませんでした。

それをポリシーにしていたようなところもあったのかも知れません。

 

    ふるさと新聞の森社長と話し合って、このたび新聞に連載することが決まりました。

本気の家づくりの記事です。

タイトルは、「神様が宿る家への道」、そう、あのブルースリーの「ドラゴンへの道」からいただきました。

各階にいる敵を打ち倒し、塔の頂上を目指す映画です。

ワシらの誇る「神様が宿る家」

常識という敵と戦いながら、一階また一階と歩を進め、頂上にある健康と本当の幸せへとたどり着く物語。

乞う、ご期待

 

 さて、初めの一歩、書き始めることにしますか

 

 

住まいネット全体会議

2013年01月25日

 未明5:30 まだ夜も明けぬ寒空の下、名古屋はテレビ塔に仲間たちが集まりました。

名古屋の繁華街、錦の街頭清掃です。

今回は、ワシは公衆便所の担当になり、大便器を磨かせていただきました。

しっかりとおウンコ様がこびりついており、素手でこするのは勇気が要りますが、

案外、手は目や頭より勇気があるものです。

道のグレーチングも外し、溝掃除もされます。

1時間の清掃ですが、始まる前と終わったあとでは気配が違っています。

この掃除の会を79ヶ月も続けているのは、夢建築ホロンの安藤鷹一社長です。

住まいネットのグループでもズバ抜けた経営者として、澤田リーダーも一目おいておられます。

住宅の営業マンとして、伝説的な販売記録を持ち、しかも見積りから現場管理までこなす建築の超プロフェッショナルです。

あの秋山木工の秋山社長とも、掃除の神様イエローハットの鍵山秀三郎さんとも深い親交をもち社会的にも大きな影響力をもっておられます。

ワシは、ルックスと性格以外で彼に勝るところは何一つありませんが、こうして学ばせていただける事に感謝しています。

 

 掃除の最後に、安藤社長が「一度始めた事は絶対にどんな事があってもやめない。

やめる理由は山ほど見つかるけど、やり続けているうちにやらない理由がなくなってゆく」

と言う訓示をされました。

成功者はみな同じようなことを言われます。

なんでもすぐやめるワシは、まるで子供だと思わされました。

信念もポリシーもなく、ウシのヨダレのように細く長くダラダラと生きておりますが、

安藤社長のような人物から学ばせていただける事に感謝です。

 

昨日は、  住まいネットの全体会議が名古屋で開かれ、全国から神様が宿る家の仲間が集まりまして、その翌朝の掃除だったのでした。

実行予算の問題

工程の問題

新しく始まる、サーモグラフィー検査、騒音試験、放射能測定、カンザイ白蟻対策のホウ酸処理    議題はいっぱいあります。

参加する各社に宿題が与えられていて、それぞれの会社が実行予算を提出する事になっていました。

期日は、1月14日まででした。

ところが、ワシは期日を守りませんでした。

一日遅れても対した差じゃないと思ったのか、提出おくれました。

 

   澤田さん、烈火のごとく怒りました。

こんな小さな約束を守る事も出来ない奴に、大きな仕事が出来るワケねぇ、って。

そして、100数十人の前で立たされ、何故遅れたか、説明させられました。

小学生が宿題忘れるレベルだ! 真剣に生きる気がないならやめてしまえ!

 

 当たり前の事当たり前にやる。

そんな事も出来ない人間に、伊勢のことも天皇のことも語る資格がない。

澤田さんに言われる通りです。

 

  今日もこれから会議です。

こんなワシにも成長したいという願いはあります。

行って参ります。

 

 

 

 

一日も休まずブログを書き続けるということ

2013年01月24日

 1月15日でちょうど一年、毎日ブログを書くと決めた記念日でした。

移動が多いと書けなくなってしまうから、ipadを買って、電車やバスの中でも書き続けました。

去年の今頃は、毎日、「今日一日くらい休んでも大丈夫やで」とか思いながらも、何とかアップしていたのです。

続けてこれたのは、澤田さんと山元かっこちゃんのおかげです。

澤田さんは、驚くべきハードスケジュールの中で毎日ブログアップしています。

かっこちゃんは毎朝すごいボリュームのメールマガジンが必ず届きます。

ともに出来ない、書けない理由などどれくらいでも言える人たちです。

でも、一切の言い訳もなく、ただひたすら淡々と書き続けているのです。

この二人がいなければ当然ワシは、とうの昔に挫折してますね。

 

 よく澤田さんが言います。

「何十年もつづいてることでも、たった一回で全てが台無しになる事がある。

 例えば新幹線、今まで一度も死亡事故を起こしてないって言っても今日は今日で全力で運転しなきゃいけないし、

新聞でも何十年間ずっと発行し続けてるってことは、たった一段でも白紙があってはいけない

真っ白なところがあったらおしまいでしょ。

今日くらい、一日くらい大丈夫・・・その想いが全てをダメにするんだよ。 」 って

 

 ずっと昔に、はがき道の坂田道信先生に、どうして複写はがきを使うんですか?と聞いたことがありました。

そしたら、坂田先生は、

「あんた書かんでいいよ。 書かん人は聞く権利がないし、書いた人は聞く必要がなくなるけん」って

その日から、ワシは複写はがきを書き始め、何年か前で1万枚を超えました。

 

 まだ始まったばかりのブログの世界ですが、一日も休まずに書く。

こんな簡単なことさえ出来ないとしたら、とても経営で成功することなんて出来ないのかも知れません。

守り続けたいものです。

 

 

 

難儀なことですわ

2013年01月23日

京都で財布を落として以来、難儀な日々です。

 ガソリンスタンドで給油しようとして、セルフの機械にカードを通そうとしたら、一枚のカードも持ってないことに気がつきました。

現金も持ち合わせがなく、ガソリンも入れられません。

レンタルビデオも会員カードがなくて借りられません。

会員証を作ってもらおうとしたら、免許証をって言われて、免許証も保険証もありません。

なんだか人格まで失ったみたいで、非常に心が不安になります。

 

 警察署に行って、運転免許証再発行の手続きをして、免許センターで再発行してもらいました。

あと5日もすれば、免許更新だというのに・・・

 JRのカードもSUIKAもみーーんなありませんので、新幹線の予約も出来なくなってしまいました。

 

難儀なことですが、ちょっと立ち止まっていろんなこと見直す機会を天が与えてくれたようにも思えます。

どこまでも、どこまでも便利さを追求し、楽が何よりも大事な世界の中で、

ほんのちょっとの難儀、ありがたいことです。

新しいカードが届くまでに、2~3週間かかるそうですから、もうしばらく味わっていられそうです。

すべてが早く、便利に、そして快適に向かうことが正義だという思い込みの中で、

もしかしたら何か大事な忘れ物していないかちょっと考えてみたいものです。

「神様が宿る家」は、ワシが考えているよりもっともっと強く天から願われているものなのかも知れません。

来るべき時代の希望という名の光のようにも思えるのです。